赤井英和

8月17日今日は何の日 毎日が記念日なのよ!

浪速のロッキーと呼ばれていたボクサー、赤井英和1959年の今日が誕生日です。

浪速高等学校入学と同時にボクシング部で活躍し、3年生に「ライトウェル
ター級」でインターハイ、アジアジュニアアマチュアボクシング選手権を
優勝した実績を引っさげて、近畿大学進学。モスクワオリンピックでも
日本代表は確実視された。

しかしいわゆる東西冷戦のあおりを受け日本代表の出場辞退(ボイコット)によりオリンピックへの道を断念。学生プロボクサーに転向することが決
まった。

プロになってからの赤井は当時の日本記録である12試合連続ノックアウト
勝ちという快挙を成し遂げ、その試合スタイルから「浪速のロッキー」と
いう愛称が付き、世界タイトル獲得も時間の問題とまでいわれ、試合後の
ユニークなインタビューのコメントも人気を呼びノンタイトル戦ながら
全国中継(朝日放送発)で取り上げられるまで注目を集めた。

なお、連続ノックアウト勝ちは無論快挙ではあるが相手選手の選択について無名または格下の選手が多かったこと、この所属ジムでは赤井以降も同じようなマッチメイクをしていた事から当時から現在に至るまで疑問符もついている。後にインタビューでこの点を指摘された赤井は周囲の人間の事も考慮して冷静に答えている。神経の細かさは人柄の良さと同時にボクサーとしての欠点でもあった。

1983年7月7日に開かれたブルース・カリーとのWBCジュニア・ウェルター級世界タイトルマッチで善戦するが、ここでノックアウト勝ちをという目標を立てていた第7ラウンドで皮肉にもテクニカル・ノックアウト負けを喫してしまい世界タイトルは逃してしまった。

当時のトレーナーだったエディ・タウンゼントは誰とは言っていないが、そのボクサーは優れた才能はもっているがボクサーとしては(「女性」などの)誘惑に弱すぎた、誘惑の味を知ってからの世界へのスタートは遅すぎるという趣旨の発言を後にしており、後々までの語り草になった近大時代のモテっぷりからほぼ赤井の事を指しているのは間違いない。

こちらにも今日、誕生日を迎えた有名人がでています。



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