若山富三郎

9月1日今日は何の日 毎日が記念日なのよ!

やくざ映画には必ず登場するというイメージがある若山 富三郎 1929の今日が誕生日です。

1955年、新東宝映画『忍術児雷也』で映画デビュー、『人形佐七捕物帖』シリーズなどの時代劇の主演スターとして活躍。新東宝の経営が苦しくなると1959年に東映に移籍し、同様に『人形佐七捕物帖』シリーズで主演。

1962年に弟が居る大映に移ってからは城健三郎(じょう けんざぶろう)と改名したが、主役は回ってこず、市川雷蔵や弟の勝新太郎の脇役に甘んじ、最後の1年は干されてしまって役がつかなかった。

1966年に東映に戻り、芸名も元の若山富三郎に戻す。

東映に復帰当初は脇役でスタートしたが、鶴田浩二を助演した映画で認められ、1968年より極道シリーズ等多くの主演シリーズを持つようになり、俳優としての地位を築く。後年の代表作は『子連れ狼』シリーズ(映画版)。俳優になる以前は、柔道の師範を目指していたが故か、数多い時代劇俳優の中にあって、殺陣の最もすぐれた俳優と言われる。 子役や無名の役者には優しく、約束を果たせなかった相手にはスポーツカーを買う程の太っ腹の人物であった。一方で柳沢慎吾はNGを連発し、若山をカリカリさせた。これは現在、彼の持ちネタにされている。

芸能界で一番喧嘩が強い、という噂で、三船敏郎を日本刀で追い回した、という伝説があった。 

8時だよ!全員集合に出演したことがあり、ぎっくり腰の状態で殺陣もやった。志村けんに「賞金稼ぎがぎっくり腰とはお笑いだ」とネタにされ、若山も「金貰ってるからやらねぇとしょうがねぇんだよ」とこぼし、笑いをとった。

私生活では酒を嗜まず、大の甘党だったことで知られる。楽屋に大福やキャラメル、コーヒー牛乳などを欠かさず、夜中に後輩俳優を呼び出して汁粉を御馳走したこともあったとか。東映の「トラック野郎」に出演した時は、主人公との喧嘩のシーンで、自分の腰に常備してある、サクマドロップを口に入れるところがあり、甘党を意識した粋な演出と思える。

1992年4月2日、急性心不全のため死去。享年62。兄想いだった勝新はカメラの前でその遺骨を食べ、涙を流した。

こちらにも今日、誕生日を迎えた有名人がでています。
若山富三郎eincome 
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